心の優しい一人の女性が、どうしたらこんな悲劇に耐えられるだろう。
34歳の良子は画家の夫、姑、小学生の息子、とともに、地方都市の郊外にある一軒家で静かに暮らしていた。その生活は一見するとなんの不自由もなく穏やかに見えるが、刺々しい義母の態度、闇の商売に手を染め、誰にも分からないように暴力を振るう夫にうんざりする日々。彼女が愛を与えているのはたった一人の弟・圭人と、息子の宏だけだ。ある日彼女は、家族の一員を思いがけない事件によって失ってしまう。
「あんた、何したと?」
許されない罪と、失った愛に苦しみ、追い詰められた良子が取った行動とは…。
監督は、第57回ベルリン国際映画祭の短編コンペティション部門に、日本作品として31年ぶりに出品して話題を呼んだ小島淳二。TSUBAKIやマキアージュなど、資生堂のメインブランドのCMを長年にわたって手がけ、「女性美の魔術師」と呼ばれた小島淳二監督が初の自身が企画から立ち上げ、5年の歳月をかけて挑んだ本作は、小島監督がつくってきた壮麗で華やかなCMが映し出す世界とは真逆のベクトルとなる「人間の内面」をリアルに描き出す。
ヒロインの良子に抜擢されたのは、素人200人の中から選ばれた、モデルの安東清子。そのほかの役を演じている役者たちも皆、九州で開催されたオーディションで集められ、約3ヶ月に及ぶワークショップで演技を習得し、その後1ヶ月間の稽古を経てクランクイン。福岡県糸島市の一軒家を中心に、福岡県内、佐賀県内でのロケが決行され、自宅、火葬場、病院、銀行、そこで゙働く人々もできうる限り本物を使うことでリアルを追求。本物の土地で自然体に演じる役者たちが、リアリティーのある世界観を作りあげた。
格差社会から生まれる一般家庭の貧困、希薄な人間関係、女性蔑視の問題...。地方都市に暮らす、一人の心優しき女の壮絶な人生を通して、家族とは、人間の優しさとは何かを問いかける傑作が誕生した。この映画は、理性的であることを求められる現代に生きる人全てに観て欲しい人生賛歌だ。
地方都市の郊外にある一軒家で、良子(安東清子)は画家である夫の正(田中準也)小学生の息子・宏(杉尾夢)と姑の和子(髙田紀子)とともに暮らしている。一見穏やかに見える生活だが、創作意欲を失った正は、ヤクザまがいの男に自分の描いた贋作を売り、気の強い良子と衝突するたびに体を殴りつけている。疲れ切った良子に追い討ちをかけるように、姑の嫌味が止まることはない。
夜、化粧をした良子が、歩いて向かうのは弟の圭人が店長を務める小さなスナック。トラブルメイカーの圭人が作った借金を少しでも早く返せるようにと、良子は店を手伝いながら、常連客とのたわいのない会話や、弟と過ごす平穏な時間に、かすかな自由を感じている。
夫への苛立ち、金、体の痛み。良子は、日々の生活にうんざりしていた。
ある日の夜、不安を吹っ切るかのように、スナックでカラオケを熱唱していた良子。客と盛り上がっていたところに、正から電話がかかってくるが、良子は冷たくあしらって切ってしまう。その態度に日頃からスナックでのバイトを快く思っていなかった正は逆上し、店にやってくると、外へ逃げ出した良子を捕まえ壮絶な暴行を加える。青アザだらけの良子の体を見て「あいつ、異常やぞ」と心配する圭人。
数日後、良子はスナックに向かう途中に、正のバイクの事故を知り病院へかけつけるが、正は帰らぬ人となってしまう。葬儀を取り仕切る良子。火葬場で圭人と二人なると、圭人が正の死亡保険金から水野に1000万を支払うと言う。水野は、圭人のスナックのオーナーでもある共通の知人だった。
良子は、正の死亡が事故でないことを知る。
「あんた、何したと?」
「ねーちゃんはなんも、心配せんでいい」
正の死は交通事故として処理されたが、和子は息子の死を受け入れられず 精神のバランスを崩してしまう。良子が愛を与えながら育てた宏もまた、父の死によって心を閉ざしがちになってしまう。
弟が犯した大きすぎる罪の意識、苦しむ義母に言えない真実、弟への純粋な愛情、うつ病、大量の薬、深夜の台所、止まらない涙、そして砕かれた骨。
誰にも言えない「罪」に悩み、追い詰められた良子は、あることを決断する。
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良子安東清子
1985年7月9日生まれ。福岡県福岡市出身。
趣味は、産直で野菜を買うこと・新聞の人生相談を読むこと・数独。
特技は、家庭料理・電卓左手打ち。愛鳥は、シナモン文鳥。
16歳の時に現在所属する事務所のマネージャーにスカウトされモデルとしてデビューする。主に大手企業広告スチール、CMの仕事を中心に活動中。 -
和子髙田紀子
1959年9月29日生まれ。大阪府出身。
モデルをやっている娘とのCMでの共演をきっかけに、広告モデルとして活動開始。
《仕事歴》ホテル日航福岡・SUBARU(アイサイト)・ジャパネットたかた・イオン九州・熊本県ナースセンター・武田メガネ・豆腐の盛田屋・マックス・グローなど。 -
宏杉尾夢
2005年12月24日生まれ。福岡県福岡市出身。
主にモデルとして活動中。
主な出演作品は、テレビ西日本制作「めんたいぴりり2」、NHKドラマエキストラ、ハウステンボスCM、西鉄グループ企業CMなど -
正田中準也
1988年2月9日生まれ。福岡県久留米市出身。
地元福岡県久留米市でサラリーマンを7年経た後、26歳から役者を目指し、剣劇ユニット夢幻如に入団。副団長として2年間活動し退団。
主な経歴は、HiGH&LOW THE MOVIE2 END OF SKY、絶狼 DRAGON BLOOD、CM:焼肉清香園、Web CM:LINELIVE、舞台:博多座公演「姫神」 -
圭人熊谷太志
1991年9月19日生まれ。福岡県出身。
ベスト電器テレビCM 第1〜4弾メイン役出演、とんこつプロジェクトレッツシェア企画vol.0「彼らの関係」短編オムニバス公演、発案・出演KFP企画「こちょうの夢」短編オムニバス公演主催・出演。
緒方孝臣監督映画「飢えたライオン」エキストラキャスト出演。 -
英二ジョーイシカワ
1968年7月5日生まれ。神奈川県横浜市出身。
IT企業でシステム設計経験の後、スキーをするためにカナダに。
世界有数のスキーリゾートウィスラーでスキーインストラクター、フレンチシェフをしながら永住権取得。バンクーバーの芸能事務所にスカウトされ俳優・モデル活動開始。ウェブCM、映画等に出演。
15年のカナダ生活の後一旦帰国するも、シェフとしてフランスに料理修行。
帰国後俳優業再開。同時に英語講座、料理・食育講座も開設するなど多方面で活動中。 -
智子渡邉ちえ
1986年5月12日生まれ。山口県萩市出身。
福岡のモデル事務所AKO FASHIONに所属し、CMやチラシの広告モデルとして活動している。同時に、披露宴やイベント、セミナーで司会者の仕事もこなし、活動の場を広げている。
この映画のオーディションで選ばれたことをきっかけに女優デビューを果たす。
キャストをはじめスタッフ全員が一丸となって作り上げていく、映画製作の楽しさを実感することとなった。
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監督・脚本・編集
小島淳二1966年6月12日生まれ。佐賀県出身。文教大学教育学部美術科卒。1989年よりデジタル編集のエディターとして活躍後、ディレクターに転向する。資生堂、Honda、uniqlo、全日空などのTVCM、ミュージックビデオ、ブロードキャストデザインなどジャンルを越えて多くの印象的な映像作品を輩出している。海外のクライントからのオファーも多い。
また、映像作家としてオリジナルショートフィルムの制作にも積極的に取り組み、その作品はRESFEST(USA)やonedotzero(UK)など海外の映画祭でも注目を集めている。Jam Films 2の1本として劇場公開された "机上の空論"では、RESFEST2003にて"AUDIENCE CHOICE AWARD"を受賞。第57回ベルリン国際映画祭の短編コンペティション部門に「THE JAPANESE TRADITION ~謝罪~」が出品された。 部門への日本作品の出品は31年ぶりとなる。 -
撮影
安岡洋史1983年生まれ。神奈川県出身。
法政大学文学部を経て、早稲田大学芸術学校を卒業後、株式会社ピクトに入社。
撮影助手として映画、CMの現場に従事。田島一成氏の撮影チーフを担当。2016年カメラマンとして独立。
資生堂、UNIQLO、などのTV-CM他、ドキュメンタリー作品、ショートフィルムなど多数手がける。 -
照明
根岸謙1981年8月14日生まれ。埼玉県出身。
2004年(株)ピクト入社。2014年よりフリーランス。ナチュラルなライティングを信条とする。
主な仕事に、資生堂「コラーゲン」、JR九州「ネット予約」「キューポ」、ムーニー「lullaby for mom」、ユニチャーム「ムーニー」、リクルート「タウンワーク」、リンナイ「ココットプレート」など。 -
録音
阿尾茂毅1956年5月14日生まれ。富山県氷見市出身。
録音家
現在までに参加した主な作品
Tokyo.sora、好きだ、殯の森、二つ目の窓、他CM関係の録音・仕上げ
CD"はてるま”後冨底、周二(フィールドレコーディング) -
音楽
徳澤青弦1976年生まれ。東京都出身。
チェリスト・作曲・編曲家。小林賢太郎の舞台音楽ほか、anonymassや、Throwing a Spoonとしてアルバムリリース。NHK Eテレ「ムジカ・ピッコリーノ」出演。
観客を突き放すふりをして、どっぷり入り込ませる。人の美しくはない部分を、こういう美しさで描くとは。なんてデリケートで丹精な映画だろう。描きたいものごとを、まっとうなプロセスで映画にしていった。そんな行程美に正義すら感じる。暗い話はあまり好きじゃないはずなのに、前のめりで楽しませてもらいました。
小林賢太郎(劇作家/パフォーマー)
CMやMVではシャープでエッジの効いた美しい映像で魅了する小島淳二監督。音楽、カット割り…あらゆる虚飾を削ぎ落としてミニマルに描く人間の業。息づかいが真摯に伝わるストイックな映画。そこでも良子は美しかった。
辻川幸一郎(映像作家)
小さなボートでどこを目指すわけでもなく、ただそこにポツンと浮いて揺られている。生きているってある角度によってはそれだけのことなのかもしれない。ほんのり物悲しいペールトーンに包まれた日々。小島淳二監督の新しい色をみた。
森本千絵(goen°クリエイティブディレクター)
デジタルネイティブな映像作家の小島淳二が極めてアナログな手法で役者たちと向き合って作ったまるで彫刻のようなゴツゴツした作品だ。その手触りに皮膚がチクチク痛くなる。劇場で自分の手で触ってみるべし。
サノ☆ユタカ(CMディレクター)
ヒリヒリと、じんじんと、チクチクと、心の奥深くに響く、胸で見る映画。表情、しぐさ、心の葛藤、展開、音、すべてのディテールへのこだわりが凄い。映画を観ていることを忘れるくらい生々しくリアル。人間の弱さと愛しさ、生きることの難しさと美しさに心揺さぶられる。静かで、そして烈しい傑作の誕生!
鈴木克彦(博報堂 クリエイティブディレクター)
エンターテイメントは一切ない。音楽やデザインの演出もない。その中で役者経験のないキャストが淡々と演じている。しかし僕には、そこに存在する不安定な空気がものすごく新鮮で、何というか、そこに漂うほのかな"残り香"に、小島イズムをたっぷりと感じることができました。
小野健(資生堂 クリエイティブ本部 エグゼクティブクリエイティブディレクター)
見事にメタモルフォーゼされた新たな小島ワールドは、切なくも愛おしい「骨の詩」のようです。
手島領(螢光TOKYO クリエイティブディレクター)
不器用で実直な人間に群がる小悪党たち。観終わってから今でも、良子の幸せを願ってならない。
堀込泰行(ミュージシャン)
観ていくうちに、どんな人間にも潜んでいる悪の部分のうすら怖さにぞわぞわしてきた観客に、お前はどんな人間だ?と小島淳二監督は問いかけているのだろう。アートに見識のある人がニヤニヤしちゃう仕掛けも入っていたりして、憎いなぁ、と思いました。
秋山具義(アートディレクター)
酷く小さな世界で起きる、痛く、悲しい「ゲンジツ」。それでも、生きることを選ぶ女の物語。日本中のクリエイターが尊敬する映像監督の一人、小島淳二の初長編映画作品。
水野学(アートディレクター)
コジ、監督。大抵どちらかで呼んでるけど。監督の次回作には、笑い過ぎて涙が出る奴を個人的には期待してます。
TOWA TEI(ミュージシャン/アーティスト)
スタッフロールが流れている時の感覚は、いわゆる映画を観終わった時の感覚とはちょっと違った。凄いものを見せられたけど、昔から知っていたような。気持ちいいカタルシスはないけど、やり場のない嫌な感じもしない。感動とも違うけど、唸るものがある。
田中偉一郎(広告ディレクター/現代美術作家)
曖昧な感情を徒らに濾過せず曖昧なまま差し出してくれる挑戦的な映画でした。だからこそその果てにある水の清明さにハッとさせられる。『形のない骨』とはなんだろう、と思った。その骨が支える体はなんなのだろう。形のない骨とはいつも困った顔をして受け身でいるヒロインかもしれない。しかしそのヒロインによってギリギリ成り立つ家族の不思議。考えてみたら僕らの人生はあちこち形のない骨だらけだ。
深田晃司(映画監督)
(順不同・敬称略)